東京高等裁判所 平成7年(行ケ)26号 判決 1998年6月17日
山形県天童市大字山元65番地の1
原告
山口照正
訴訟代理人弁護士
柿崎喜世樹
仙台市青葉区1番町3丁目7番1号
被告
東北電力株式会社
代表者代表取締役
八島俊章
山形市あこや町1丁目1番27号
被告
芦野工業株式会社
代表者代表取締役
芦野政五郎
被告両名訴訟代理人弁護士
大場正成
同
尾﨑英男
同
田中克幸
同弁理士
田中英夫
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた判決
1 原告
特許庁が、平成3年審判第11879号事件について、平成6年11月21日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告らの負担とする。
2 被告ら
主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
被告らは、名称を「電気式水車自動給気装置」とする実用新案登録第1796367号考案(昭和58年11月21日出願、平成1年3月24日出願公告、平成1年11月13日設定登録。以下「本件考案」という。)の実用新案権者である。
原告は、平成3年6月11日、被告らを被請求人として、本件考案につき、その実用新案登録を無効とする旨の審判の請求をした。
特許庁は、同請求を、平成3年審判第11879号事件として審理したうえ、平成6年11月21日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、平成7年1月9日、原告に送達された。
2 本件考案の要旨
水車に供給される水量を制御するガイドベーンと、このガイドベーンの開度を検出し該検出結果に対応した電気的検出信号を出力するガイドベーン開度検出手段と、前記水車に供給された水を吸出す吸出し管と、この吸出し管内に空気を供給する給気管と、この給気管を介して前記吸出し管内に供給される空気量を制御する電動式の給気弁と、この給気弁の開度を検出し該検出結果に対応した電気的検出信号を出力する給気弁開度検出手段と、前記ガイドベーンの開度と該開度に対応する前記給気弁の開度とが予め設定された開度設定テーブルを有し、前記ガイドベーンの開度に対応する前記給気弁の開度を電気的な開度信号として取り出す給気弁開度設定手段と、この給気弁開度設定手段の開度設定テーブルに基づいて、前記ガイドベーン開度検出手段から出力される検出信号に対応した前記給気弁の開度信号を求め、該開度信号と前記給気弁開度検出信号から得られる検出信号とを比較して、該検出信号が前記開度信号に対応するように前記給気弁の開度を制御する比較制御手段とを具備してなることを特徴とする電気式水車自動給気装置。
3 審決の理由
審決は、別添審決書写し記載のとおり、本件考案が、請求人(本訴原告)により考案されたものであり、また、請求人は実用新案登録を受ける権利を被請求人ら(本訴被告ら)に譲渡していないから、本件考案の実用新案登録は、実用新案法37条1項4号(平成5年法律26号による改正前のもの。以下同じ。)の規定により無効にされるべきであるとする請求人の主張について、請求人が本件考案を考案したものとすることはできず、したがって、請求人が主張する理由及び提出した証拠方法によっては、本件考案の実用新案登録を無効にすることはできないとした。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
本件考案は、原告の考案にかかるものであって、被告芦野工業株式会社(以下「被告芦野」という。)及び被告東北電力株式会社(以下「被告電力」という。)の考案によるものではなく、いわゆる冒認出願であるにもかかわらず、審決は、この点についての認定、判断を誤ったものであるから、違法として取り消されなければならない。
1 原告は、以下のとおり、被告芦野から水力発電の給気弁制御を自動化する何かよい方法はないかとの依頼を受け、従来の水力発電システムの水量を制御するガイドベーン、吸出し管、給気管及び給気弁等の所与の周辺機器の組合せに変化を加えないで、ガイドベーン開度と給気弁開度を電気的かつ自動的に関連させて制御させる装置として、本件考案の給気弁開度設定手段に相当する給気弁開度設定器と、本件考案の比較制御手段に相当する比較演算部(以下、これらを総称して「制御部」という。)を新規に考案し、この制御部と周辺機器との組合せにより、本件考案の全体を考案したものである。
(1) 原告は、昭和57年3月初めころ、被告芦野の天童工場の鈴木末三(以下「鈴木」という。)及び牧田廣(以下「牧田」という。)らから、「水力発電所で現在使用している給気弁は、機械式にカムを用いて制御しているが、季節や場所によって変動する水量の変化に対応するため、その都度形状の異なるカムを交換しなければならず、大変手間がかかるので、自動化する何かよい方法がないか」という依頼を、口頭で受けた。
その際、本件考案の比較制御手段に関する具体的な仕様について、メモや製作図面等を使用しての説明は受けていないし、制御部動作の説明も受けていない。
(2) そこで、原告は、水力発電システム全体の組合せを念頭に置いて、電気式水車自動給気装置の開発に着手し、以前経験のあった10×10マトリクスボードを利用し、このマトリクスボード上にダイオードピンにより機械式でのカムのカーブを電気的カーブとして表し、機械式による給気弁の構造を電気式に置き換えて機能させることにより、給気弁を自動的に制御する着想を得た。
そして、原告は、この着想に基づき制御部を製作することとし、制御部に付随するガイドベーン及び電動給気弁の開度を検出するポテンショメータの抵抗値を、牧田との協議により決定し、また、被告芦野に、制御部と周辺機器との接続関係を示した図面(本訴甲第8号証の3(審判甲第5号証の3)の左面)を手渡し、これに基づいて、被告芦野が周辺機器を準備した。
さらに、原告は、同年3月中旬ころ、牧田との電話での協議により、ガイドベーン及び給気弁の開度を検出するポテンショメータを10段階に分ける理由を、回路が比較的簡単で、実用性も問題がないからと説明し、同月19日、その構成図(本訴甲第8号証の3(審判甲第5号証の3)の右面)を作成した。
そして、同日、本件考案の制御部に相当する回路設計図(本訴甲第5号証の1、乙第2号証、審判甲第2号証の1。ただし、作成当時、不感帯は記入されていなかった。以下「本件回路設計図」という。)を作成した。
(3) そして、原告は、本件回路設計図に基づいて、本件考案の制御部に相当する制御装置(以下「本件装置」という。)を製作し、昭和57年3月21日ころ、本件考案の制御部が完成したことを牧田に対して連絡した後、翌22日、本件装置を被告芦野の天童工場に納品した。
原告は、この際、牧田に対して、制御部のダイオードマトリクスの設定及び使い方、水車ガイドベーンの開度を検出するポテンショメータの使用及び取付けの際の注意点、給気弁にモータを使用することなどの制御部の使用方法及び取付けの際の注意点について、説明を行うとともに、同人の立会いのもとで動作確認を行っており、この翌日、鮫川発電所に本件装置を搬入した。
また、この納品と同時に、牧田の引渡し要請を受けて、制御部の一部の回路図面(乙第1号証、以下「制御部原図」という。)を提出したが、この図面には、本件装置の現場取付け時の調整に合わせて、青色加筆されているような修正が行われた。
そして、納品後、本件回路設計図の原図であり、その一部回路を修正した設計原図(本訴甲第8号証の1、審判甲第5号証の1、以下「本件回路原図」という。)を、被告芦野に手渡し、さらに、昭和62年12月ころ、被告芦野の代表取締役芦野政五郎(以下「被告芦野本人」という。)の引渡し要請により、本件回路設計図を手渡した。
なお、本件考案の実用新案公報(実公平1-10447号公報、甲第2号証。以下「本件公報」という。)の第3図及び第4図は、本件回路原図及び原告が平成6年1月ころに作成したブロック図(本訴甲第9号証、審判甲第6号証)に示されている構成と同一である。
(4) 以上のとおり、被告芦野の依頼の内容は、水力発電の給気弁制御を自動化するというだけであり、それが電気式で可能かどうか、電気式の場合どのような構造になるか、その場合に全体のシステムがどのように変更されるかという課題は、すべて原告が解決し、具体化したのである。
たしかに、水力発電システムについて詳細な知識のない原告にとって、ガイドベーンやランナベーン等の専門用語の理解は困難であったが、ガイドベーン開度、給気弁開度及び制御に関することは、これまでの業務実績から理解することが可能であり、このように給気弁開度を自動制御させるための知識があれば、本件考案を考案することができるのである。
2 したがって、本件考案の考案者は、原告であり、原告は、この考案について実用新案登録を受ける権利を譲渡したことがないにもかかわらず、被告らは、考案者である原告に無断で、本件考案について、昭和58年11月21日、実用新案登録出願を行い、平成1年11月13日、設定登録を受けたものである。
第4 被告らの反論の要点
審決の認定判断は正当であって、原告主張の審決取消事由は、理由がない。
1 本件考案は、被告芦野が請け負った被告電力鮫川発電所の改修工事(昭和57年1月20日~3月25日)の中で、被告電力の本多征一(以下「本多」という。)と被告芦野本人が共同で考案したものである。原告は、本件考案のうち、比較演算部と給気弁開度設定器から構成される制御部について、被告らより具体的仕様の説明を受け、当該部分の製作を依頼されたにすぎない。
原告が制御部として製作した本件装置は、本件考案である電気式水車自動給気装置の構成要素の一つにすぎず、しかも、制御部の回路自体は、本件考案の要旨ではなく汎用性のあるものであり、それ自体に考案性はないから、原告が制御部を製作したからといって、原告が本件考案である電気式水車自動給気装置全体を考案したとすることはできない。
2 本件考案の創作から実用新案登録出願に至る経緯は、以下のとおりである。
(1) 昭和57年1月11日、被告電力の鮫川発電所修繕工事担当者である本多らと、被告芦野を含む当該工事請負業者との間で、工事前の打合せが実施され、その後、同月22日、本多より、被告芦野に対し、鮫川発電所の給気弁を自動化するについて、従来のカム式による機械式自動給気弁では、最適な給気量に調整しきれない場合があるので、給気弁の開度設定に柔軟性があって、ガイドベーンの開度の変化に対して給気弁の急峻な開閉制御を可能とする、例えば電気的に制御された自動給気装置が可能か、という趣旨の指摘及び検討依頼が出された。
(2) このような指摘及び検討依頼に対し、被告芦野では、社内検討を行い、社員である桧原から、他装置に使用実績のある電動弁を給気弁に使用して、ガイドベーン開度と給気弁開度の関係を電気的に制御できるのではないかとの意見が出され、被告芦野本人からも、カプラン水車におけるダム水位の変動範囲を数個のゾーンに区分し、そのゾーンごとにランナベーンの角度を制御する方法や、電気式水位調整器における開度の検出や設定の方法を組み合わせることなどの検討が指示された。
この指示に従い、ガイドベーン開度と給気弁開度との関係は、0~100%の開度範囲を10のゾーンに区分して電気的かつ段階的に検出して制御する方式とし、開度の電気的な検出方法は、従来から電気式水位調整器等で使用してきたポテンショメーターによる方法とし、給気弁の開度を検出し設定された目標値と比較して給気弁の開度を制御する手段も、従来の電気式水位調整器等で用いられている方式とすることになった。
そこで、被告芦野は、昭和57年1月25日ころ、被告電力から電気式自動給気弁への仕様変更に関する承認を得て、同日、訴外橘工業株式会社(以下「橘工業」という。)に対し、給気弁用の電動ボールバルブ1台を発注したが、汎用の部品であるポテンショメーターは、手持ちの在庫を使用することとした。
(3) 被告芦野では、昭和57年2月16日ころ、初めて原告と打合せを行い、被告芦野の鈴木及び牧田が、本件考案の制御部の基本的な仕様を、口頭及びメモを使用して原告に説明した。
その説明の際、原告は、水力発電についての知識がない様子であったので、給気弁制御装置の機能についても、ガイドベーンとか給気弁がどのような働きをするか等の説明はせずに、入力A(ガイドベーン開度)、入力B(給気弁開度)といった言葉を用いて説明を行い、「ポテンショメーターによってその開度を検出されるGVというものがあり、GVの開度は0~100%を10に区分して検出する。一方、制御対象であるMV(給気弁)があり、このMVの開度も10に区分して検出する。10に区分されたGV開度の各々に、MVの開度の設定器を設ける。GV開度の変化に応じて、設定器で設定された開度にMVを自動的に制御するプログラムコントローラーの一種である。」と装置動作の説明を行った。
この打合せの際、被告芦野は、原告に対し、設定部に設定状況が把握し易いピンボード方式を使用したい旨提案し、原告もこれに同意したことから、設定方式が決定され、その他の回路の方式は、原告に一任された。
(4) 被告芦野は、昭和57年3月17日ころから鮫川発電所の給気弁関係の工事に入ったが、原告に制御部の製作を依頼した際、納期を守るように念を押したにもかかわらず、原告から当該部分がなかなか納入されないため、電気式水車自動給気装置のうち、給気バルブ・ガイドベーン開度検出器等を先行取付し、原告から本件考案の制御部に相当する本件装置が納入されるのを待った。
そして、同月21日、原告から被告芦野に本件装置が完成したとの連絡が入ったが、日程的に被告芦野で動作確認を行うことが不可能なため、翌22日、原告に発電所まで本件装置を持参してもらい、原告の立会いのもとで、本件装置を機器と接続して動作を確認し、要求した仕様を満足しない不具合箇所について、その場で制御部内部回路の変更を実施し、原告より制御部原図をも受領し、その場で青色加筆されているような修正が行われた。変更は、同日午後10時30分ころ終了し、翌日に手直し部を含めた動作確認が行われ、原告は午後2時ころに発電所を離れた。
(5) その後、昭和57年4~6月にかけての実証試験により、鮫川発電所に採用した電気式自動給気装置が、発電効率の向上に大きく貢献することが実証できたので、本多は、同年11月8日に業務改善提案を提出し、これは昭和58年3月社内表彰を受賞し、さらに、実用新案出願の可能性を指摘され、その結果、電気式自動給気弁の制御方式について基本的な提案を行った被告芦野本人と、修繕工事を担当して実証試験を行い、考案として具体的構成を完成した本多とを考案者として、本件考案の実用新案登録出願をした。
なお、本件公報の第3図及び第4図と本件回路設計原図及びブロック図とは、対象とする範囲が異なることは明らかであり、例えば、甲第8号証の1の図面は、本件公報の第4図の41(制御部)を構成する42(比較演算部)と43(給気弁開度設定器)の展開図に相当するものであり、本件考案の構成要素の一部にすぎない。
また、原告は、当初、本件考案の制御部に該当する本件装置こそが、本件考案の主体となるものであると主張し、本件装置を考案及び製作した原告が、本件考案の考案者である旨主張していたが、考案における課題の認識という点が問題になると、課題を認識していたと主張し、さらに、本件考案の給気装置全体が原告の考案したもので、ポテンショメーターの使用方法に至るまで原告が被告芦野に指示した、などとその都度主張を変遷させており、このこと自体が、原告の主張が事実に反することを示すものである。
第5 当裁判所の判断
1 審決の理由中、本件考案の要旨の認定は、当事者間に争いがない。
また、原告が、被告電力の鮫川発電所修繕工事を担当した被告芦野の依頼により、本件考案の制御部に相当する本件装置を製作し、昭和57年3月22日にこれを納品したこと、原告作成の本件回路設計図(甲第5号証の1、乙第2号証)及び本件回路原図(甲第8号証の1、乙第1号証の1及び2)が、本件公報(甲第2号証)の第4図の制御部41を構成する比較演算部42と給気弁開度設定器43の展開図に相当することは、当事者間に争いがない。
2 被告芦野から、原告に対する、本件装置の製作の依頼の経緯について、被告電力作成の鮫川発電所修繕工事の工程表(乙第3号証)、被告芦野作成の同工事打合せ報告書(乙第4号証)、被告電力作成の同工事作業報告書(乙第5号証)、橘工業作成の受注・納品書(乙第6号証)、桧原作成の設計図(乙第7号証)、被告芦野作成の図面発番帳(乙第8号証)、牧田作成の陳述書(乙第9号証)及び本多作成の陳述書(乙第10号証)並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(1) 被告芦野は、従来から被告電力と取引関係にあり、電気式水位調整器等のような弱電機器の納入・据付・調整に携わっていたところ、被告電力より鮫川発電所の修繕工事の依頼を受け、昭和57年1月11日、被告電力の担当課長や本多らと、被告芦野を含む当該修繕工事請負業者との間で、事前打合せが実施された。当初予定の発電所の停止期間は、同年1月20日から3月25日までとされ、ドラフト空気自動吸気弁(給気弁)の取付けは、3月15日から20日までに行い、諸試験を含めて同月28日までに工事が完了するものとされた。その際、被告電力より、現状の手動式給気弁から機械式自動給気弁への変更を含めた修繕を考えている旨が告げられた。
そして、同年1月22日、被告らが、鮫川発電所の現状の給気弁の調査を実施した結果、本多より、被告芦野に対し、「鮫川発電所の給気弁を自動化するにしても、従来のカム式による機械式自動給気弁では最適な給気量に調整しきれない可能性がありそうだ。給気弁の開度設定に柔軟性があって、ガイドベーンの開度の変化に対して給気弁の急峻な開閉制御が可能な、例えば電気的に制御された自動給気装置ができないものか。」という趣旨の指摘及び検討依頼が出された。
(2) 被告芦野では、このような指摘及び検討依頼に対し、社内検討を開始し、桧原から、他装置に使用実績のある電動弁を給気弁に使用して、ガイドベーン開度と給気弁開度の関係を電気的に制御できるのではないかとの意見が出され、被告芦野本人からも、「カプラン水車において、ダム水位の変動範囲を数個のゾーンに区分し、そのゾーンごとにランナベーン(翼)の角度を制御する方法が非常に参考になるし、開度の検出や給気弁開度の設定については、従来の電気式水位調整器に用いられた方法を組み合わせることでできる。」との、具体的構成が指示された。
この指示による基本的構造に従い、ガイドベーン開度と給気弁開度との関係は、費用なども考慮した結果、0~100%の開度範囲を10のゾーンに区分して、電気的かつ段階的に検出して制御する方式とし、開度の電気的な検出方法は、従来から被告芦野が電気式水位調整器等で使用してきたポテンショメーターによる方法とし、給気弁の開度を検出し設定された目標値と比較して給気弁の開度を制御する手段も、いずれも従来の電気式水位調整器等で用いられているものとした。なお、設定位置にピンを差し込む方式も、従来の電調盤に用いられる設定方式と同様のものを用いた。
この段階において、被告芦野では、給気弁の急峻な開閉制御が可能な電気式の自動給気装置が製作可能であると判断し、本件考案の基本的構想がまとまり、昭和57年1月25日ころ、被告電力からも、電気式自動給気弁への仕様変更に関する承認を得た。
そこで、被告芦野は、電気式自動給気弁の製作のために、同日、橘工業に対し、給気弁用の電動ボールバルブ1台を発注し、3月1日に同バルブが納入された。また、給気弁開度検出用のポテンショメーターは、汎用の部品であることから、手持ちの2.5KΩのポテンショメータの在庫品を使用することとした。さらに、桧原が、自動給気弁に給気弁開度検出用のポテンショメーターを取り付けるための詳細設計と、ガイドベーン開度検出用のポテンショメーターを設置するための詳細設計を行い、3月13日ころまでに、その取付方法の詳細設計図10枚が完成した。
(3) 被告芦野は、上記基本的構造と個々の部材の設計がほぼ完成した後昭和57年2月16日ころ、半導体装置の電子制御等の設計及び製作を業務としていた有限会社山口電子の代表取締役である原告と、初めて打合せを行い、本件考案の構成要件のひとつである制御部についての製作を打診、依頼した。
すなわち、被告芦野の鈴木及び牧田が、原告に対し、昭和57年2月16日ころ、制御部の基本的な仕様を口頭及びメモを使用して説明したが、その際、原告は、水力発電の機材を製作した実績がなく、水車・ガイドベーンといってもその実態が把握できない様子であったので、依頼する給気弁制御装置の機能について説明する場合も、混乱を避けるため、ガイドベーンや給気弁がどのような働きをするか等の説明はせずに、入力A(ガイドベーン開度)、入力B(給気弁開度)といった言葉を用いたうえ、「ポテンショメーターによってその開度を検出されるGVというものがあり、GVの開度は、0~100%を10に区分して検出する。一方、制御対象であるMV(給気弁)があり、このMVの開度も、10に区分して検出する。10に区分されたGV開度の各々に、MVの開度の設定器を設ける。GV開度の変化に応じて、設定器で設定された開度にMVを自動的に制御するプログラムコントローラーの一種である。」旨、装置動作の説明を行った。
この打合せの際、被告芦野が、原告に、設定部には設定状況が把握し易いピンボード方式を使用したい旨述べたところ、原告も同意したので、これに決定され、その他の回路の方式については、原告に一任された。
3 以上の認定事実によれば、本件考案の電気式水車自動給気装置は、被告電力の本多による、給気弁の開度設定に柔軟性があり、ガイドベーンの開度の変化に対応して、給気弁の急峻な開閉制御を可能とする、電気的に制御された自動給気装置ができないかという提案を契機として、被告芦野の社内で検討を行い、給気バルブに電動弁を使用してガイドベーン開度との関係を電気的に制御できるとの意見や、従来のカプラン水車における、ゾーン区分によりランナベーンの角度を制御する方法と、電気式水位調整器における開度の検出や設定方法とを組み合わせるという発案に基づき、ガイドベーン開度と給気弁開度との関係は、0~100%の開度範囲を10のゾーンに区分して電気的かつ段階的に検出して制御する方式とし、ガイドベーン開度及び給気弁開度の電気的検出並びに給気弁の開度を設定された目標値に開閉制御する手段には、従来の電気式水位調整器等で用いられている方式を採用するなどして、具体的仕様が決定されたものと認められる。
そして、被告芦野は、この具体的仕様に基づいて、原告に対し、ポテンショメーターによってその開度を検出されるGVについて、その開度は0~100%を10に区分して検出し、制御対象であるMVの開度も、10に区分して検出し、10に区分されたGV開度の各々に、MVの開度の設定器を設け、GV開度の変化に応じて設定された開度にMVを自動的に制御する部品との説明を行い、制御部の製作を打診依頼したところ、原告は、これを了承し、本件考案の制御部に相当する本件装置を製作したものと認められる。
そうすると、原告が、被告芦野による本件考案の制御部に関する具体的仕様の説明に基づいて、制御部と周辺機器との接続関係を示した図面(甲第8号証の3の左面)や、ガイドベーン及びポテンショメータ等の構成図(本訴甲第8号証の3の右面)を作成したとしても、本件考案の制御部を考案したものということはできない。
また、本件回路設計図(甲第5号証の1、乙第2号証)、本件回路原図(甲第8号証の1)及び制御部原図(乙第1号証の1及び2)並びに弁論の全趣旨によれば、制御部原図は、制御部製作のために原告が作成して本件装置の納品時に持参し、現場取付けの際の調整に応じて、青色加筆されているような修正が行われたものであり、本件回路原図は、この修正箇所を含めて納品後に原告が作成したものであり、本件回路設計図も、本件装置の製作のために原告が作成したものであるが、昭和63年1月19日に、被告芦野に手渡されたものであると認められるところ、これらの図面は、前示のとおり、被告芦野による本件考案の制御部に関する具体的仕様の詳細な説明に基づいて、原告が本件装置を実際に製作するための図面と認められるから、これらの図面を原告が作成したからといって、本件考案の制御部自体を考案したものといえないことは明らかである。
したがって、審決が、「請求人が本件実用新案を考案したとすることはできない」(審決書8頁17~18行)と判断したことに、誤りはない。
4 原告は、昭和57年3月初めころ、被告芦野の鈴木及び牧田らから、「水力発電所で現在使用している給気弁は、機械式にカムを用いて制御しているが、その交換に大変手間がかかるので、自動化する何かよい方法がないか」という依頼を、口頭で受けただけであり、本件考案の比較演算部の具体的な仕様について、メモや製作図面等を使用しての説明は受けていないし、制御部動作の説明も受けていないと主張する。
しかし、前示のとおり、被告芦野が、同年1月25日、橘工業に対し、給気弁開度検出器製作のため、電動ボールバルブを発注しており、また、給気弁開度検出用のポテンショメーターとして、手持ちの2.5KΩのポテンショメータの在庫品を使用することとし、これらの部材の取付けのための詳細設計図10枚が、3月13日ころまでに完成したこと等の客観的事実に照らすと、上記発注の時点までには、制御部の具体的仕様がほぼ決定されていたものと認められる。
しかも、被告電力の鮫川発電所の修繕工事の日程は、当初予定の発電所の停止期間が同年1月20日から3月25日までとされ、諸試験を含めて同月28日までに工事が完了するものとされていたのであるから、そのような切迫した工事日程の中で、原告の主張するように、同年3月初めころ、被告芦野が「自動化する何かよい方法がないか」という程度の抽象的な希望条件を述べ、明確な構想もなく電気制御部材の製作を依頼することは、社会通念上、到底考えられないことといわなければならない。また、前示認定のとおり、水力発電に関する機材の設計・製作等に実績のない製造メーカーである原告に対し、修繕工事の日程に支障を来すことなく、新規な電気制御装置の製作を依頼する以上、同年2月16日の依頼であっても、依頼主である被告芦野において、装置の具体的仕様が確定し、これを原告に説明することにより当該装置の製作が確実に見込まれていることが、当然の前提であったものと推認される。
したがって、本件考案の制御部に相当する本件装置は、被告芦野による抽象的な依頼に基づき、原告が独自に考案したものであるとする原告の主張は、採用することができず、そうである以上、制御部を含めた本件考案の全体を原告が考案したものであるとする原告の主張を、採用することができないことも、明らかといわなければならない。
5 以上のとおり、原告の取消事由の主張は理由がなく、審決の認定判断は正当であって、他に審決を取り消すべき瑕疵はない。
よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)
平成3年審判第11879号
審決
山形県天童市大字山元65番地の1
請求人 山口照正
山形県山形市旅籠町3-4-1 柿﨑法律特許事務所
代理人弁理士 柿﨑喜世樹
宮城県仙台市青葉区1番町三丁目7番1号
被請求人 東北電力株式会社
山形県山形市あこや町一丁目1番27号
被請求人 芦野工業株式会社
東京都千代田区霞が関3丁目7番2号 鈴榮内外國特許事務所内
代理人弁理士 鈴江武彦
上記当事者間の登録第1796367号実用新案「電気式水車自動吸気装置」の登録無効審判事件について、次のとおり審決する。
結論
本件審判の請求は、成り立たない。
審判費用は、請求人の負担とする。
理由
1、本件登録第1796367号実用新案(以下「本件実用新案」という。)は、昭和58年11月21日に出願され、平成1年3月24日に出願公告(実公平1-10447号)された後、平成1年11月13日に設定登録されたものであって、本件実用新案の要旨は、明細書及び図面の記載からみて、その実用新案登録請求の範囲に記載され次のとおりのものと認める。
「水車に供給される水量を制御するガイドベーンと、このガイドベーンの開度を検出し該検出結果に対応した電気的検出信号を出力するガイドベーン開度検出手段と、前記水車に供給された水を吸出す吸出し管と、この吸出し管内に空気を供給する給気管と、この給気管を介して前記吸出し管内に供給される空気量を制御する電動式の給気弁と、この給気弁の開度を検出し該検出結果に対応した電気的検出信号を出力する給気弁開度検出手段と、前記ガイドベーンの開度と該開度に対応する前記給気弁の開度とが予め設定された開度設定テーブルを有し、前記ガイドベーンの開度に対応する前記給気弁の開度を電気的な開度信号として取り出す給気弁開度設定手段と、この給気弁開度設定手段の開度設定テーブルに基づいて、前記ガイドベーン開度検出手段から出力される検出信号に対応した前記給気弁の開度信号を求め、該開度信号と前記給気弁開度検出信号から得られる検出信号とを比較して、該検出信号が前記開度信号に対応するように前記給気弁の開度を制御する比較制御手段とを具備してなることを特徴とする電気式水車自動給気装置。」
2、これに対し、請求人は、本件実用新案は、請求人山口照正により考案されたものであり、また請求人山口照正は実用新案登録を受ける権利を被請求人等に譲渡もしていない。したがって本件実用新案登録は、考案者でない者であってその考案について実用新案登録を受ける権利を承継しないものの実用新案登録出願に対してなされたものであり、実用新案法37条第1項第4号の規定により無効にされるされるべきものである旨主張する。
一方、被請求人は、本件実用新案は、願書に記載された本多征一ならびに芦野政五郎の両名が考案したもので、その考案について実用新案登録を受ける権利を承継した被請求人が実用新案登録出願をしたのであって、請求人の主張は全く根拠のないものである旨主張している。
3、そこで、請求人が本件実用新案を考案したものであるかどうかを検討する。
請求人は、前記主張事実を立証する為、請求人自身による陳述書(甲第1号証)を提出すると共に、証拠方法として、甲第2号証の1乃至4(回路設計図)、甲第3号証の1乃至25(納品書)、甲第4号証の1及び2(写真)、甲第5号証の1乃至5(回路設計原図)、甲第6号証(ブロック図)、甲第7号証(回答書)、甲第8号証(納品・見積り・入金一覧表)、甲第9号証の1乃至15(入金通帳)、甲第10号証の1及び2(手形)、甲第11号証の1及び2(見積書)、甲第12号証の1乃至24(領収書)、甲第13号証(部品表)、甲第14号証の1乃至9(パネル納品書)、甲第15号証の1乃至8(パネル着色納品書)、甲第16号証の1乃至17(BOX支柱納品書)、甲第17号証の1乃至22(文字彫刻納品書)、甲第18号証の1乃至4(自動給気弁納品書)、甲第19号証の1ないし13(デジタルメータ納品書)、甲第20号証の1乃至15(マトリックスボード、ダイオードプラグ納品書)、甲第21号証の1ないし8(基板納品書)、甲第22号証の1乃至15(回路部品納品書)、甲第23号証(被請求人関係者名刺)及び甲第24号証(陳述書)を提出している。
先ず、請求人が考案し、被請求人に納品したとする自動給気装置の制御部の回路設計図(甲第2号証の1~4)について検討すると、該回路設計図は、いずれも右下隅に自動給気弁と記載されているだけであり、誰が何時作成したものか全く特定することができない。請求人は、「設計者・設計時期については、請求人が証拠として提出する甲第5号証の1乃至5の回路設計原図で特定できる。」と主張しているが、該甲第5号証がどのような性格のものなのか不明であるとともに、該甲第5号証に示された回路設計図と前記甲第2号証に示された回路設計図との関係についても不明であり、該甲第5号証をもってしても、少なくとも甲第2号証回路設計図の設計時期については特定できたとは認められない。また、甲第2号証の1乃至4の回路設計図に示された自動給気弁と甲3号証に記載された自動給気(吸気)弁及び甲第4号証(写真)との関連が不明であり、更に、甲第8~12号証及び甲第14~21号証に示されたものをもってしても当該関連は依然として不明である。
次に、本件実用新案登録が、いわゆる冒認出願に対してなされたものであるとするのに前提となる本件実用新案と請求人が考案したとする甲第2号証、就中、甲第2号証の1(回路設計図)に記載された考案との同一性について検討する。
前記甲第2号証の1(回路設計図)を見ると、そこには、GVの2.5KΩポテンショメータ、MVの2.5KΩポテンショメータ、設定器、比較器及びMotor等からなる制御回路が示されている。しかしながら、該回路設計図には、右下隅に自動給気弁と記載されているだけであり、当該制御回路がどのような動作・機能を行なうものなのか不明というべきである。
一方、本件実用新案は、その明細書によれば、従来の機械式水車自動給気弁における課題(図面中第1図にAで示す制御特性と一致させることが困難であるため、最適な給気弁の開閉調整を行うことが不可能であった)を、本件実用新案の要旨で示される電気的給気弁制御手段を採用することにより解決した、電気式水車自動給気装置であることが認められる。すなわち、電気的制御とするために給気弁を電動式の弁とし、この給気弁の開度を前記第1図Aに対応する開度設定テーブルを有する給気弁開度設定手段と比較制御手段によって自動調整することを特徴とするものである。
ところで、平成5年12月14日に行なった口頭審理における請求人の発言からすると、請求人は、水車における最適な給気量を表した前記第1図について説明することができない等、請求人に前記機械式自動給気弁での課題について認識があったとはいい難い。
してみると、前記甲第2号証の1(回路設計図)が、請求人により作成されたものであるとしても、請求人に前記機械式自動給気弁での課題についての認識がない以上、該回路設計図を請求人が独自で電気式水車自動給気弁の制御回路設計図として作成したものとは解されず、また、該回路設計図において、各部品が水車とどのように関連しているのか定かでない。
このように、甲第2号証の1(回路設計図)に記載された制御回路がどのような動作・機能を行なうものなのか依然として不明である以上、本件実用新案と甲第2号証の1に記載された考案とは同一の考案とは認めることができない。
以上のとおりであるから、請求人が本件実用新案を考案したとすることはできない。
4、したがって、請求人が主張する理由及び提出した証拠方法によっては、本件実用新案を無効とすることはできない。
よって、結論のとおり審決する。
平成6年11月21日
審判長 特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)